Moter Lerning

 コーチが練習のプログラムを考える時、どのようにして内容を決定しているのだろうか?「なぜその方法でその技術を教えるのか?」、「なぜその順序で指導するのか?」、「なぜそれらのドリル、言葉、キーファクターを用いるのか?」・・・。コーチはこのような問いに答えることができなければならない。コーチが練習の準備をする時、そこで用いる方法を選択するときには何らかの理論的根拠を持つべきである。このような問いに答えるには、学習に関する原理・原則が必要となる。その諸原則が、運動学習(motor learning)というものであり、運動技能(motor skill)の学習に影響を及ぼす諸要因を研究する心理学の一領域である。

コーチが練習で行うほとんどの指導は、運動学習の諸原則の影響を受けている。新しい技術を導入する際には、コーチは次のことを考えなければならない。その技術を示範(demonstration)すべきか?示範すべきなら何がその本質なのか?示範の長さは?示範に加え何を話すべきか?キーファクターは?運動学習はこれらの問いに対して多くのヒントを与えてくれる。

1.運動学習の適用
1) 情報の制限
 選手が情報を処理する能力には限界がある。コーチは目標を導入する時に提示する情報の量を最低限度にすることにより学習を促進させることができる。もちろん、この事は個人差や年齢差などが関係するが、一度に細かいことを提示したならば選手は情報の多くを楽には覚えられないだろう。

2)示範
 運動学習の研究によると、記憶はイメージという形で運動情報を保持しているということが分かっている。動作を示範することによってイメージとして情報を導入することは意味がある。人は示範を繰り返し見せられた時、より早く課題を学習することができるということが示されている。

3) キーファクター
 コーチは、キーファクターと呼ばれるパフォーマンスに関する様々なヒント・きっかけとなるものを用いることにより学習を向上させることができる。キーファクターは短く簡潔なものであるべきである。キーファクターは次の4つに注意すべきである。

 a.十分な量の情報がある。
 b.言葉を少なくする。情報処理に必要とされるものを少なくする。
 c.その技術の重要な要素に注意させるように促す。
 d.記憶を強化する。

技術の指導において重要な部分の一つは、技術を教えるためにどのようなキーファクターを用いるかを決定することであり、さらに、それらを提示する順序を決定することである。「示範」と「キーファクター」を結合させることができれば効果的なコーチングを行うことができるだろう。

4) 教授法
 どのようなキーファクターを選択するか、それらをどのように適切な順序で提示するか、どのように適切な速さで適切な量の情報を与えるかということを理解することはコーチにとって簡単なことではない。一つの技術は様々な要素から成り立っている。これらの要素すべてを一つずつ説明することはあまり意味を成さない。前述したように、選手が情報を処理する能力は限られているのである。しかしながら、技術を「部分的」ではなく「全体」としてとらえながら、最低限のキーファクターを用い教授することは効果的である。

2.効果的な練習を行うためには
1) 練習がどのように試合に転移するのか?
 もし運動が特異的であるなら、一つの運動課題から他の運動課題への運動転移(moter transfer)は多くはないであろう。例えばラクロスでは「ラインドリル」というドリルがある。これは、前から放たれたパスをキャッチしランニングしながら、また、パスを投げるというものである。これはあくまでも「前」から飛んできたボールをキャッチしまた前に投げるという動作を行うわけであり、試合での局面を反映させているわけではなく、試合の場面でどれくらい役に立つものかは不明である。もちろんドリルの方法をアレンジした場合はこの限りではないが、一般的に行われているラインドルではそのようなことが言える。このドリルでは、「前方から、もしくは後方からのパスを受け前方へ投げる」という技術(テクニック)は向上するかもしれないが、技能(スキル)を向上させることは難しい。このようなドリルが効果がないと言うものではなく、あくまでもそのドリルによってどのような効果を得たいかというフォーカスが問題なのである。
 転移の問題は選手が行うドリルが試合局面にうまく転移することを期待するコーチにとっては極めて重要である。

2) 技術のすべてを練習すべきか、一部分を練習すべきか?
 これは非常に複雑であり難しい問題である。何が全体で何が部分なのかを定義することが難しいからである。

3) 選手はどのように記憶するのか?
 認知心理学者は、記憶するということは状態-独立的であることを見い出している。すなわち、これはある人が学習する時に、学習者の気分や環境の雰囲気に関する情報も、学習された情報とともに記憶の中に蓄積されるということを意味している。パフォーマンスの遂行される環境が、学習した環境やそのときの情緒的な状態と合致または近づくことによりパフォーマンスはより良く発揮される。ホームとアウェーで発揮されるパフォーマンスレベルが違うことも驚くべきことではない。誰しも、なにかわからないが「○○競技場はやりやすい」「△△大学のグラウンドはやりにくい」など好みがあるのもこういったことに起因している場合もある。

4) 型にはめて行われた方が良いのか?ランダムに行われた方が良いのか?
 運動学習の研究者やそれをコーチングに反映させているコーチの多くは、型にはまった形式的なドリルよりも試合のように変化性に富んだドリルの方が試合の状況により良く転移すると考えている。前述したように試合に転移するかどうかが問題である。予測可能なドリルを繰り返したり、特定の技術のみしか発揮できないドリルを繰り返してもその技術が試合で発揮できるとは言えない。そのようなドリルを行うのであれば、その技術を試合に転移させるための応用的なドリルも必要となる。